トップエグゼクティブの美と経営(第2回)「経営者の仕事とは何か」『ArayZ』2021年3月号

今回は、資生堂で執行役員及び同社アジアパシフィック社の創業時からCEOを長年務められたジャン・フィリップ・シャリエ氏との対談を振り返りながら、経営者の仕事について考えてみます。

シャリエ氏は当時低迷していたアジア(中国を除く)の売上を急拡大させ、組織体制を整えた立役者です。最も苦労した点として、「グループ全体で危機意識を共有し、自らが掲げたミッションである『変革(transform)と変化(change)』を実現させるために、本社の哲学と経営理念を徹底的に現地の従業員たちとコミュニケーションすること」だったと言います。

印象的だったのは、「こうしたミッションを確実に浸透させるには、3年〜5年単位でじっくりと腰を据えて取り組む必要がある」とする一方で、「経営者の最低限の仕事として財務業績に関して責任を持たなくてはならない。つまり、単年での数値目標を必ず達成することだ」という部分です。

彼はまた、「能力のない経営者や責任者は、前者(海外で事業をしているということ)を理由に単年度での財務業績の未達を正統化する傾向があり、外部環境の変化を理由に毎期・毎年同じような言い訳をする。長い時間軸で変革と変化を推進しながらも、単年度財務業績の達成へのコミットメントがあってこそ、5年後に大きな成功を掴むことができる」と続けます。

なかなか厳しい言葉ですが、世界を代表するロレアルと資生堂という異なる文化のアジア事業の成長基盤を築いてきた経営のプロフェッショナルとしての矜持を見ることができるでしょう。

物事が上手くいかない、財務業績が向上しない時に、自らの力のみでは統制不可能な外部環境に責任を転嫁するのではなく、統制可能な要因に目を向け、自らと謙虚に向き合い、その現実(環境)の中に機会を見出しながら既存の資源を組み合わせて環境そのものに働きかけていく企業家精神の発揮、これこそが経営者に求められる責任なのです。

未来は望むだけでは拓けません。理想の姿を描いて、現実との乖離を把握し、その乖離を埋めるために意思決定をして資源を行動に結び付けなくてはなりません。

経営者が行うべき戦略的決定は未来の意思決定に関するものではなく、「現在の意思決定が未来において持つ意味に関わるものであり、意思決定が存在し得るのは現在においてのみ」(ドラッカー)なのです。

現在においてなお世界を混乱に陥れている新型コロナウイルスの拡大を挙げるまでもなく、将来を正確に予測することなど誰にもできないことです。つまり、経営にはリスクは付きものであり、リスクに応じた成果を挙げるために、成果を生むべき活動(未来への期待)に現在の資源を配分(投入)していくことが戦略計画なのです。

経営とは意思決定の連続であると言われますが、経営者はその責務からして誰もが必ず意思決定を行います。「(経営者としての)違いは、こうした意思決定に対する結果責任を負うか、無責任に行うか(責任を外部要因に転嫁する)だけ」(括弧は加筆)であり、「成果と成功についての妥当な可能性を考慮に入れつつ意思決定を行うか、でたらめに行うかの違いなのだ」とドラッカーは指摘しています。

シャリエ氏の経営者としての言葉からは、変化の中にあって事業をどのように成果へと結びつけていくかの意思決定と、その結果に対するマネジメントの責任を明確化することの重要性を理解することができるでしょう。

ここで大切なのは、成果とは何かを問うことです。「利益」は手段であり目的ではありません。

シャリエ氏は、資生堂の哲学と経営理念の浸透や、変化・変革というアジアパシフィック社のビジョンの実現という長期目標と短期目標のバランスを図ることの重要性を十分に認識した上で、経営者として組織に財務成果を挙げさせなくてはならないことを指摘しているのです。



紫藤会

学問は人の幸福に資するものではなくてはならない。 幸福とは何か?美しさとは何か? 経営学の可能性を信じて御茶ノ水から世界へ。

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