10/11 トップエグゼクティブの美と経営(第9回)「毎日の生活を楽しむファッションスタイル」『ArayZ』2021年10月号

タイ発のアパレルブランドで、現在ではレストラン・カフェや家具事業なども展開するグレイハウンド社の創業者でCEOでもあるバヌ氏との対談を振り返る。最近では、IKEA社とのコラボレーションも注目を集めている。

バヌ:美と経営というのは非常に面白いテーマですね。つい最近、日本のBRUTUSやFIGAROジャポンの取材を受けました。

藤岡:東南アジアのファッションやデザインは欧州でもそうですが、日本人の間でも人気があります。グレイハウンドはタイで初のファッションカフェを開くなど創業40周年を迎え、幅広く事業を手掛けていますね。バヌさんは、自社をライフスタイル産業だと言われています。ファッションの専門家も料理の専門家もいない段階で、どちらの事業も手掛けたというのは興味深いです。

バヌ:ご存じのように、私たち創業者の誰一人として、ファッションを学んだものはいません。また、従業員の中にもファッションデザイナーは多くありません。私たちは、スタイルプレゼンターであると考えています。1号店は20年前にオープンしました。本当に普通の伝統的なレストランでしたが、やがて、カフェにファッションスタイル(装飾、音楽、家具、制服など)を持ち込みました。あえて定義するなら、生活に関わるすべてのものをオシャレにするライフスタイル産業です。レストラン事業も、当初は料理の専門家はいませんでした。

藤岡:いつも皆さんと話をしていると、それぞれ専門は違っても、皆ファッションが好きだという共通項があります。趣味の延長線上で、シンプルな生活に少しアクセントを加えることで楽しもうとされています。

バヌ:40年前のバンコクでファッションに関心のある人は少なかったのですが、海外で学んだ若者たちが帰国し始めたころから、タイ発のブランドやカフェなどが誕生しました。グレイハウンドは、基本に少しデザインを加えつつも、シンプルでありたいと思っています。

藤岡:Basic with a twistですね。デザインは個人ではなく、チーム単位でしょうか。

バヌ:はい、その方が上手くいくと思っています。とても古いブランドなので、流行に置いていかれないように若い人のアイデアを取り入れつつ、グレイハウンドの原型は失わないようにする。セクションの壁を取り払い、バランスをどのように取るのかがとても重要で難しいです。グレイハウンドの美しさとは顧客と共有する価値であり、毎日の生活を楽しむためのスパイスを提供し続けることなのです。そのためには、私たち自身がファッションを楽しみ、それを押し付けるのではなく、共感してもらえるような感覚を持ち続けることが大切だと思っています。

バヌ:グレイハウンドはトラディショナルとトレンディのバランスを図り、退屈な日常に美しさや芸術のこだわりを感じてもらうアーバン・アパレル・コンシャスと呼ぶ価値観を発信し続けています。そしてその発信の方法は大々的な広告宣伝活動(shouting out)ではなく、ささやく(whispering)ことで心地よく顧客との関係性を築いていくのがグレイハウンド流の戦略です。人々は、他の人々と違っていたいという欲望と、他の誰かでありたいという欲望に同時に突き動かされているものです。

藤岡:このように、差異化と同一化という一見相反する人々の欲望を理解すれば、ファッションとは社会や集団から乖離した個人の感性から創造されるのではなく、創造性とは社会的かつ集団的なプロセスの産物として立ち現れる実践だと言うことができそうです。だからこそ、常に顧客(社会)との接点を意識し、独り善がりのshouting outにならないようなコミュニケーションが求められるのではないでしょうか。

藤岡:ファッションとは単に視覚的な見た目の創造のみではなく、時には社会的地位を表すこともあります(Joanne Finkelstein 1991)。また、三宅一生氏や川久保玲氏の独創的で美しい衣服のデザインでは、身体と衣服の境界は曖昧であり、それら衣装を身に纏うことで身体と衣服は分離不可分な存在となり、触覚的で身体化(embodiment)された様式(モード:メルロ=ポンティ)を生み出していくのです。

紫藤会

学問は人の幸福に資するものではなくてはならない。 幸福とは何か?美しさとは何か? 経営学の可能性を信じて御茶ノ水から世界へ。

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