7/11「経営学と美しさ」『ArayZ』2022年7月号

 美は人々を幸せにします。子どもの無垢な笑顔を見るときや可愛いらしい動物と触れ合ったりする際には心が洗われますし、雄大な美しい自然に触れるときは私たち自身が空間と一体化します。心が美しい人たちと過ごす時間は一瞬ですし、美味しいものを食べていると、みんな笑顔になります。

 どうやら人間は、美のようなおよそ非合理的なものを心地よく感じるようにできているようです。まさに人間の本性だと思いますが、これは生存適応的な意味合いがあるとも言われます。しかし、現実の世界ではあらゆる場面で経済性が重視され、至るところで有用性が評価され、日々の生活ではなかなか美の価値が見出されにくいことも確かです。

 また、不思議なことにある人にとって何の価値もないように見えるモノや何の役にも立たなそうなモノであっても、別の人にとっては何にも代えがたい価値を有しているということもあります。その価値を知るには「なぜ、それが特別であるのか?」を尋ねること、つまり、その背景や文脈を知ることで、その人にとっての価値を理解することができる場合もあるでしょう。

 今すぐに理解できないこと、今すぐに役に立つとは思えないこと、時には不快と感じるような経験、今の自分には理解することができない人々との交流が後になって、一連の繋がりとなって意味を紡ぎだすことがあります。つまり、すぐに結論を導き出そうとしないこと、知ろうとすること、他者に関心を持つことが大切なのです。無関心というのがその対極にあるのだとすると、経営を取り巻く多様なステークホルダーと向き合い他者に関心を持つこと、知ろうとすること、関わり合いを持つことが大切なのです。

 経営に必要なことは論理だけではありません。残念ながら、実際の経営の現場で相手を論破したところで、根に持たれるだけで後々に足を引っ張られることになります。コンサルタントや経営学者が経営の助言をしても経営がうまくいかないことの要因の一つは、論理によって組織が動くと勘違いをしているからです。

 アリストテレスは次のように述べています。

組織を動かす3要素

 議論が支離滅裂であれば誰の賛同も得ることができないため、組織を動かすには「ロゴス(ロジック)」が大切となります。しかし、ロゴスはあくまでも必要条件であって十分条件ではないのです。いくら道理に適っていたとしても、非道徳的なことや倫理に反することでは人々はついてきません。

 つまり、「エトス(エシックス)」が重要となるのです。そしてもう一つ大切なのが、「パトス(パッション)」です。情熱をもって物事に取り組んでいる人でなければ、人々は共感しませんし、棒読みの原稿を読むだけの演説では心を打たれることはありません。このように、論理的に相手を説得するだけではなく、納得をしてもらい、共感へと繋げていくプロセスによって組織は変化することができるのです。

 美は人を魅了し、幸福にします。そうであれば、論理では説明できない何か、たとえば人々が共感する「美と結びついた経営」も、人々を幸せにする力があるのではないでしょうか。


【原文は以下リンクからダウンロードできます】

紫藤会

学問は人の幸福に資するものではなくてはならない。 幸福とは何か?美しさとは何か? 経営学の可能性を信じて御茶ノ水から世界へ。

0コメント

  • 1000 / 1000